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現象学的ー津軽的

青森(とくに弘前)のこと、現象学(術)のことなど、書いていきます

両親のルーツ

私は、青森県で生まれはしたものの

少年期のほとんどを仙台で過ごしており

さらにその後は、大学進学

就職してからは、東京ー大阪を拠点にしました。

 

津軽出身の両親が、仙台でつくりあげたのは

ごく一般的、平和な、サラリーマン家庭…

だと私は思っていた。。。のですが。

 

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【両親のルーツ】

 

両親は、2年に1度ぐらい、青森の実家や、親戚を訪ねます。

今回、たまたま私が青森に転居していたので

実に久しぶりに同行し、「津軽の親戚」と顔を合わせることになりました。

 

言い方に語弊があるといけませんが…

うちの親戚の多くは、津軽の端っこ、に近い場所に住んでおり

未だ、昭和に形成された日本と言うか、、、

20歳そこそこで結婚し、24歳ぐらいまでに子どもを産み

家を守り(あるいは家を建て)、両親を看取る…

という風潮があります。

 

なので、私と同じ程度や、もっと若い世代も

それを当たり前としている感があるので

私などとは、暮らし方も、価値観も、全く違います。

うちの親戚のうち、大学まで進んだのは

私と、私の弟ぐらいで。

言ってしまえば

生きていくのに「そういうこと」が、必要ない土地です。

 

なので、、、

日々、フッサールだ、ハイデガーだ、現象学だと

言ってる私と

そういう親戚は、普通に考えれば、なかなか話は合いませんが

「この酒は旨い」

高校野球が、どうのこうの…」

という話題で

むろん、酒を楽しく飲むことはできます。

 

確かに、それは楽しい。

けど、もう少し深い部分で

私は、どうしても、自分がここにルーツを持つ人間であること

この人たちと、自分が、深いところで通じていることのリアルを

なかなか、持てないでいたのです。

 

 

【両親と私の葛藤】

 

私は、たぶん、ここ数年

両親、とくに父親と折り合いが悪いです。

 

なぜ、そうなるかというと

年を経るにつれ、哲学・思想・文学・歴史・宗教…

など人文知に魅せられ

それを最上の楽しみとする私と

 

それが一体、なんなのか、よく分からない辛さを抱く父との

言い争いと言って良いモノです。

 

とりわけ

父が家内で、ヘイトスピーチしてたり

私がやっていることをバカにすると、ケンカになるのですが

そこで父が決まっていうのは

 

「オレが言うことは「普通」だ!!」

「皆そう思っている」

「オマエだけが、おかしい!!」

「日本は、民主主義の国(多数決の意味で使ってるようです)だぞ!」

 

さらに議論が生き方のテーマになると

「いつまでも、フラフラしてるな!」

「俺たちの頃は、仕事にやりがいをもってーー」

「オマエぐらいのときには、子どもを産んでーー」

 

というセリフです。

こんなこと言われると、喧嘩はエスカレートします(笑

 

当初、私は、父親がまた

質の悪いテレビ番組、ネットを見まくっていて

自分の発想こそが「普通」だ、と言ってるのだと思いましたし

高度成長期に根を置いたような発想も

この世代に独特のものだろうと。

 

でも、ひょっとすると、そうではないのかも、と

思いました。

 

なぜならば

確かに、この津軽の親戚のもとに帰ってくると

父がいつも言ってる「普通」の根っこは

ここに埋まってるんだと思えるのです。

 

別に、、、ここの親戚の考えが、古いとか

単純な話ではありません。

津軽の農村で育まれ、それに愛憎半ばで

普通のサラリーマン家庭を築こうとした両親は

一見すると、都市住人なのです。

が、彼らを支えている「自分たちは人並みだ」の発想は

周囲の「都市」によって支えられるものでなく

津軽の生まれ故郷の人々によって支えられている

リアルだったのかも知れません。

 

これは、テレビやネットで

洗脳された父が、私と対立してるとか

高度成長イメージを捨て切れない父という

単純な構造を、遥かに越えた気づきです。

 

 

田中角栄の特異性】

 

自分をエラい者だ、大きい者だという気は

少しもありませんが

だとすると、「今の私」と微妙に食い違っているものは

現実主義者、高度成長モデル、唯物論者の父ではなく

もっと深いところでの「津軽(土俗的なもの)」だということに

なりかねません。

 

ここで、田中角栄を登場させると

話が分かりやすいかもしれません。

 

彼は、新潟の田舎に生まれ

よくも悪くも、その田舎で育んだリアリティ

彼の周囲にいた土俗的な民衆リアリティを基礎に

モノを考え、行動し

ああなった人物だという気がします。

 

それが、昭和の時代、田舎に生まれた政治家の

成すことだったのかもしれません。

 

ところが、そうでなかった人間たちがいます。

明治、大正、昭和に生まれた

日本の思想家や、哲学者たちです。

西田幾多郎に代表されるように

彼らの多くは、日本の田舎、農村や漁村の出身です。

(というより、当時、日本のほとんどは、そうだった)

 

そういうところから生まれ出れば

田中角栄のような発想を持ったり

役人や実業家になって立身出世し…

と言いそうなものですが

彼らは、西欧の社会科学、人文学に学び

マルクス主義理論を我がモノとし

ロシア文学を読み

キリストを研究し、イスラムを研究し

米国、中国、インドをも知ろうとします。

 

そうして、そのなかに

日本を見出そうとします。

 

果たして、、、普通に考えてみれば

極東の小さな島の、そのなかの周縁に生まれた人間が

なぜ、それゆえ広い範囲のことを知りたがり

その中にしか

自分たちの生活、自分のリアルを見出せなかったのかは

簡単に答えが出ない問題だと思います。

 

彼らは、田中角栄のように

生きること、働くことが

土俗のリアルと繋がっていたわけではありません。

 

民衆を求め、しかし民衆と乖離する自分を

半ば嘆きながら

しかし、それでも、、、と

ひたすらに土俗から相対化されていくインテリゲンチャの姿は

不思議と言えば、不思議なのです。

 

 

【最後に、、、】

 

今の私に、自分で掲げた、この問題に

答えを出すことは出来ませんが

 

言えることは

だからダメなんだ、とか

あるいは、土俗からどんなに遊離しても

構わず突っ走れ!の二択に陥らないこと。

 

また、もし仮に

津軽の親戚たちが住む世界、うちの両親のリアルの根っこと

異なる「リアル」を

私が持ってるのだとすれば

その「リアル」に忠実に生きるしかないと言うことです。

 

私は、私のリアルのなかで

誰かのためになる仕事、生き方をするしか、ありません。

それは、ひょっとすると

両親の根っこにある「リアル」を満たすものではないのでしょう。

 

でも、結局は

自分のリアルを背負って立つしか、ないのです。

でも、それしかないんだ!と突っ走れるほど

単純に世界は回っていないことも理解したいのです。