現象学的ー津軽的

青森(とくに弘前)のこと、現象学(術)のことなど、書いていきます

地方と若者(青森県での就職活動より

どこで見たか覚えてないのですが

弘前市内のどっかで、44歳以下の若者、を対象にする相談機関があるようでした。

確か、私の記憶だと、若者の定義は

まず34歳から、39歳に引き上げられ

そして、時と場合によっては、44歳になったのが最近の流れのようです。

それもこれも、ここ10年ちょっとのこと…

おかげで、私の若者猶予は、延びに延びまくることになり

私が44歳になったときには、49歳以下、若者認定も視野に入ってくる。。

…今日のネタは若者です。

 

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【地方と若者の接近?】

 

早い話が、弘前市内の某企業の面接に行ったら、なるほど、、、そうか。

と思ったのが始まりなので

その「思ったこと」を書けば、少しは読んでくださる方にも

意義を提供できましょうが

狭い世界ゆえ、間違いが起きるといけませんので

オブラートに包んで、ちょっと、ぼやっと、話します。

 

地域おこし協力隊、集落支援員、移住促進、Uターン、Iターンと

ここ10年ぐらい、明らかに地方が都市の若者を呼び始めました。

 

私は、大学を出て以来、ちょうど10年

たいていの時間を東京や大阪で働いて生きてきました。

 

なので、東北や九州・山陰の自治体が

やたら「移住」を言い出したことは

都市部に住む若者の1人として知ってました。

もっと言えば、かなり興味がありました。

 

私の生まれは青森県なので、最終的には「青森」を考えましたが

実はそれ以外にも、中山間過疎と言われる地域を見に行ったり

移住を促進する人たち、自治体、そういうのに興味がある若者と

少し話したりもしました。

 

 

【ある若者の事情】

 

移住とは、冷静に考えれば、社会関係の根本的な入れ替えが

イメージされるもので

ごく当たり前に考えれば

「これまでの延長線上の暮らし」

を継続するために

「移住したい」

若者は、まず、いないだろうと思われるのです。

これは、若者でなく、シニアのセカンドライフにも言えるでしょう。

彼らはたぶん、何かを変えたかったのです。

 

では、何を変えたいのか?

それは人によって、ぜんぜん違うと思いますが

私が思うに

①.働き方

②.人間との繋がり方

③.暮らしとの向き合い方(ゆっくり丁寧に

④.食べ物や自然との関わり方

などかな、と思います。

 

仮に①.の働き方を考えるとすれば

「これまで以上にバリバリ働くため」に

地方に移住したい若者を

1人も知らないわけではないですが

(身につけた技術を活かし、ジモトに帰って、開業するとか)

本音は

「賃金が減っても、ゆっくり働きたい。時間も減らして、別な活動したい」

かもしれません。

 

③.で言えば

奇異に聞こえるかもしれませんが

私は、あんまり車というものが、好きじゃなく

イオンみたいな施設も、好きではありません…好みの問題として。

なので

「ここでは車が無いと買い物もいけないし、働けないよ」

と、よく言われますが

それはそうかもしれないけど、「そうじゃない」と言いたくなったりします。

歩いて近所の八百屋に行っても、良いではないか?と。

 

私も含め

仕事だ、金が必要だ、あれをしなければ、これをしなければ…

という凝り固まった価値観、尺度を

あえて脱ぎ捨てたくて、さしあたり「移住」が選択されたと理解したほうが

スムーズな場合が多いように感じています。

 

 

【地方の側の事情】

 

ところが、それの行き先となる地方の側は

意外とそのことを認識してないのではないか?と

私は感じています。

それは、私個人が、この街に来て、面接を受けたりした感触であり

地域おこし協力隊などで、地域に入っていった人たちに聞く印象です。

 

地方の側の本音は

あえてはっきり言えば

「移住者来たれ、地方でスローライフ実現」ではなくて

「優秀な若者、来たれ!!」

なのかな、と思うようになりました。

 

何かが衰退している、このままではいけない、活性化だ!

と掛け声がかかれば、かかるほど

地方は「優秀な人材」、そしてなぜか、都市部の若者に触手を伸ばします。

 

そして、その若者を

割りと自由に泳がせる、というより

「割りと安値で活用しようと」

してるのではないかと疑うのは、それほど不当な疑いではないでしょう。

 

当然ながら、それは私が上で想定した若者像と

根本的に異なるモノです。

根本的に発想を変えたい、と思っている人たちを目の前に連れてきて

従来の価値観の延長(仕事はキツいぞ、身体は丈夫か?結婚の予定は?)

もしくは、従来以上に、力を奮え!!

と言われても、私は、やや戸惑ってしまいます。

 

そして、どうも双方が根本的に土台を共有していないと見るや

「その考えは、甘い」

「現実的でない」

と批判されても、いやいや、そうではないんだ

だって、「現実」の外をつくるために、こうして、やってきたんだから。って。

 

 

【最後に、ジモトの若者】

 

それにしても、ジモトの若者としては、面白くない話でしょう。

ここでずっと暮らし、ここで学校を出て、結婚もして

子どもも育ててます…

地域のまつりを運営してます。

なんていう、20代、30代はたくさんいます。

それなりにジモト愛に溢れている。

車でイオンにも行ってる。

 

外からやってきた連中が

ああだ、こうだと、地域の活性化だ、文化活動だと騒いで

そこに年長世代が、噛み合ったり、噛み合なかったりで

小競り合いを起こしてる状況は

全体として滑稽に見えるでしょう。

外からやって来るのは、野球留学生ぐらいにしとけ、と(笑

 

そう、たぶん、彼らの見方が、ある意味では

冷静なのでしょう。

 

 

トータルな流れとしては

人口が減り続け、何やら、全体のパイも縮小する中で

「今のままでは、いけない」

と号令をかけつつも、結局、今のままのやり方で「頑張る」ことに

走りがちな中高年層と

 

「今のままでは、いけない」

とは思っているが

何かグランドセオリーを

描きたいわけじゃないので

とりあえず自分の身の回りの生活を変えたいだけの移住者と

 

「今のままで、それなりになっとかなってんだけど?」

と腹の底で思ってる

ジモトの若者…と

超おおざっぱですが、私は勝手に粗描しています。

 

 

現象術的には、そもそも「活性化ってなんのこと?」とか

そもそも「今のままって、どんな?」

「衰退って、なにが?」、「このままじゃいけない、って、なにが?」

「ところで、君の口癖の、根本的に、って、なにが?」

というレベルでの

互いのコトバと、実生活のイメージを

ここに住む人たちが、どう思っているのか。私はどう思っているのか。

少しずつ豊かにしていきたいと思っています。